「脳」の究極の謎に挑む/『脳のなかの天使』

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 ベストセラー『脳のなかの幽霊』で、脳の不思議な仕組みと働きについて考察し、脳ブームの先駆けとなった神経学者・ラマチャンドランが新たな謎に挑んだ。「言語の進化」と「美的感性の誕生」という科学界の巨大な謎だ。
 この巨大な謎を考察する前に、本書では幻肢(切断され不在の手足が、まだあるかのように痛む)、盲視(知覚的には目が見えないはずなのに、光源など特定の視覚刺激に反応することができる)などの患者の奇妙な症状に対して、ラマチャンドランがどのようなアプローチで検証していったかが明らかにされる。
 なかでも数字や音程にはっきりと色があるように知覚される「共感覚」について、綿密な検証を行うくだりは読み応えがある。アラビア数字の「7」が真っ赤に見えるという患者に、ローマ数字の「VII」を見せてみる。目をつぶらせて手のひらに「7」と書いてみる。緑色の「7」を見せる……。考えうるさまざまな調査をして、浮かんできた疑問を逐一検証し、そこから推論を導いていく。この過程が実にエキサイティングなのだ。

 ラマチャンドランは、詩人・ランボーや音楽家・リストなど、芸術家には共感覚の持ち主が多いことから、考察をさらに深めていく。それが、人間を人間たらしめている言語や芸術と、脳の仕組みや働きとの関係につながっていくのだ。
 その鍵を握るのがミラーニューロンだという。サルにもあるこのニューロンがなぜヒトで高度に発達したのか。その推論の過程こそ、まさに本書の読みどころ。まるでミステリー小説を読むかのような「謎解きの快楽」の連続である。
 本書で提示される考察は、どんなに確からしく感じられようとも、あくまで推論である。文中には「かもしれない」「可能性がある」「ひょっとすると」などの語が頻繁に現れるが、もどかしさは微塵も感じられない。もっとも、これ以上先の「真実」は知らなくてもいい「神の領域」なのかもしれない。

[評者]鈴木裕也(ライター)

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