証言者の眼に映るいくつもの像/『安井かずみがいた時代』

エンタメ 芸能

  • ブックマーク

Advertisement

「危険なふたり」「よろしく哀愁」「わたしの城下町」など安井かずみがのこした数々の曲は、いまも歌い継がれて色褪せない。「ZUZU」の愛称で呼ばれた才能あふれる若い作詞家は、ファッショナブルな衣裳に身を包んで雑誌のグラビアを飾り、ミュージシャンの加藤和彦と結婚してからは理想のカップルとして脚光を浴びた。肺がんのため一九九四年に五十五歳で亡くなるまで、その輝きに翳りはなかった。
 つねに先端を走り続けた安井を描くことは、彼女が体現した時代を描くことでもある。おしゃれで贅沢でセンスがよく、四千もの曲を紡いで矢継ぎ早に世に送り出した安井が輝いたのは、日本が一番元気だった時代である。無名の若者が、新しい文化の担い手として有名になりたいともがき、明日は今日より良くなると信じられた時代の、彼女はロールモデルであり、見はるかす豊かさの象徴であった。
 著者は、編年体の評伝にまとめるのではなく、オーラルバイオグラフィーの手法で関係者の目に映ったいくつもの安井かずみ像を描き出す。作家の林真理子、作曲家平尾昌晃、デザイナーのコシノジュンコや稲葉賀惠、画家の金子國義、ミュージシャンのムッシュかまやつや吉田拓郎ら、証言台に立つのも同じ時代を駆け抜けた人たちだ。なかには取材を断った人もいるそうだが、名インタビュアーである著者は、安井の前夫や昔の恋人、六本木に加藤と暮らしたときの隣人までも探しあて、率直な話を引き出している。
 横浜のミッションスクールに通った少女時代。若い作詞家としてヒットを連発した時代。大富豪の息子との最初の結婚、離婚。きらびやかな経歴が浮かび上がるが、「ZUZUの物語」の色合いがひときわ濃く深くなるのは八歳下の加藤との再婚後で、証言者の眼に映った「理想のカップル」像は一様でない。
 仕事を休み、病気の安井に寄り添う加藤の献身を「きれいな映画を観ているみたいだった」と主治医が言えば、おしゃれな安井が最後は「売店で売っているような浴衣の寝間着」で病床にいた姿を痛ましく記憶にとどめる編集者もいる。
 加藤と再婚後の安井は、つねに夕食を一緒に摂るなど夫婦の暮らしを最優先させ、仕事もセーブし、結婚前の人間関係は切り捨てた。安井の一周忌を待たずに彼女の荷物を捨てて再婚、のちに自死した加藤に対する印象もひとごとに違う。それぞれの思いが、記憶のスクリーンに描き出される二人の像に投影されている。
 仰ぎ見る言葉にも辛辣な言葉にも引きずられない誠実な書きぶりに、この本が伝説の作詞家の単なる「神話崩し」を目的としていないことがよくわかる。人を描くとはこういうことなのだと改めて気づかされる、すぐれた評伝である。

[評者]佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。